« 2004年11月 | トップページ | 2005年6月 »

2004年12月26日 (日)

横浜の10大ニュースとLRT

横 浜市が今年の横浜市の重大ニュースを発表した。1位と8位がLRTと関係が深いニュースだ。1位が「みなとみらい線開通」8位がベイブリッジの下の国道357号の開通だ。
 
 当会の事務所は昨年11月今年の10月まで馬車道とコンテナ街道に面した旧富士銀行の中の共同オフィスにあった。はす向かいに国の合同庁舎があり、運輸局へはたびたび訪れた。はす向かいにあるのだが、地上を歩いていこうとすると大変遠回りで、途中からみなとみらい線の駅ができて地下道が通れるようになり便利になった。さすが、1km1千億円かかっているだけあって、駅舎は大変りっぱで心地よい。開業前に通行人対象にアンケート調査があり、2度ほどボールペンの景品とともに受け取った。
 私は、JR鶴見駅と京急花月園前に近いところに住んでいる。そのため、みなとみらい線ができても利用することなど、ほとんどない。元町も中華街も石川町から歩いていく方が、時間的にも早く、料金も安い。LRTの理事会でも東京から来る理事はよく利用していたようだが、横浜市在住の理事はほとんど利用していなかったようだ。菊名在住の理事でも、運賃が高いからと、多少歩いてもJRを利用していた。
 元町や中華街には東京からたくさんの人が来て潤っているようだが、みなとみらい線は横浜市内の回遊性を高めることにはほとんど貢献していない。せっかく東京からたくさんの観光客が来ても、関内地域の回遊性の悪さから、中華街や元町にきた観光客が他の集客地を訪問することなく終わっている。もったいないことだ。
 国道357の開通によって、コンテナ街道を走るコンテナも少なくなった。みなとみらい線で増えた観光客を少しでも長く横浜に滞在してもらい、また横浜市民にとってもみなとみらいと関内地区の回遊性を高めるために、LRTを導入するいい時期だと考えるのは、私たち会の人間だけなのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年12月20日 (月)

路線案へのご意見

 うれしいことに、事務局あてに先日のフォーラムで発表した路線案についてのご意見をいただきました。
 当会の路線案ですが、これはフォーラムでの説明にもあったように、素案の素案にしか過ぎません。これからもそこに住んでいる住民の方の意見も取り入れて検討していきます。
 
 日本でLRTを新設することは、まだどこでも実現できていません。
 ようやく富山県で富山港線が、その第1号になろうかという段階です。実績のあるフランスでは、一気に何十キロの路線が開業しますが、日本で実現させるには、まず1kmでもいいから敷設することだというアドバイスをいろいろな方からいただいております。
 
 LRTのすばらしさは、後からいくらでも路線が延長できることです。途中で駅を増やすことも減らすことも、簡単です。そこがモノレールなどの新交通システムとは大きく違うことです。モノレールは分岐も駅の新設も延伸にも大変なコストがかかります。
 
 当会の路線案が中区に偏っていることに、理事会でもいろいろな議論がありました。私自身は鶴見区に住んでいるので、当然鶴見区にもLRTが走ったらいいなと考えています。
 横浜市のLRT路線案にも鶴見駅から東急の綱島駅までの路線があります。今は、バス路線があります。先日どなたかと話していたら、環状2号に走らせたいという方もいました。私も実はそう考えていました。港南区に住む会員は港南区に走らせたいと考えています。
 ですが、まず一番可能性の高いところ、住民の盛り上がりが一番期待できるところから始めようと考えています。今回のフォーラムでは、本牧の路線案に近いところの自治会長さんにチラシをもって挨拶に伺いました。それ以前も本牧地区センターで近隣にチラシをまいてミニフォーラムを開催しています。今後また、本牧でミニフォーラムを開催していこうと考えています。
 
 LRTは移動困難な方に便利な交通であるだけでなく、どんな人にとってもやさしく便利な交通システムです。横浜にLRTを走らせる会は、市民も公共交通に口出ししようと集まったメンバーでつくりました。路線案にご意見のある方は、どうぞ仲間に入って下さい。もともと横浜にあった路面電車は、横浜の商人がつくったものです。市民がつくったのです。
 
 昨日のtvkでの横浜市会中継で、「公共は行政だけのものでなく、市民も公共をつくる時代になった」と、中田市長が言っていました。もちろん、LRTは市民の力だけでは建設できません。行政や企業の参加なくしては実現できません。
 
 フォーラムで発表した当会の案を、たたいて、たたいて、もっとよりよい案にしていきましょう。ぜひ、まわりの方に当会の活動を紹介してください。実現には、横浜市民の盛り上がりが必要です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年12月18日 (土)

フォーラム2004冬 横浜にLRTが走る!まちが変わる!

FI800752_0E

フォーラム2004冬 横浜にLRTが走る!まちが変わる!の報告をします。

 
 120名ほどの参加者でした。

 第1部

 ①「フランスの都市交通政策と新しい都市公共交通システム」 

 講師:望月真一さん(アーバンデザイナー)

 フランスがどのようにLRTを導入していったのか。ヨーロッパではこうだ、という話をするとヨーロッパと日本は違う、という反応が返ってきます。望月さんによると、日本とフランスは非常に似たところがあって、フランスでできたことが同じような政治システムの日本でできないわけがない。それがここにきて、どんどん差がつけられている。それはどうしてなのか。

 フランスでは「クルマが王様」の考え方を転換した結果、都市が変わっていったといいます。 

 ②「国土交通省のLRTの支援策の最新情報」

 講師:国土交通省鉄道局財務企画官の川勝さん

 旧建設省と旧運輸省と縦割り行政が、LRTの新規導入を阻んでいた要因と反省をし、庁内を横につなげる意味で、新しく導入したいと考えている地域に「LRT推進協議会」の設置を提案し、局ごとの補助金ではなくLRTトータルで必要な施設に補助金がでるシステムに変換されました。

 来年から実施できるように予算を申請中だそうです。これが実現すると、いよいよ日本でも路面電車建設ラッシュの時代がくるかもしれません。

 第2部 路線案の発表と各地の応援団から

 休憩のあと、当会の大塚さん(実は交通の専門家)から3つの路線案について建設費も含めた提案がありました。路線案は、企画チームのブログをご覧下さい。

 応援団の方々

 本牧地区:上川路さん(本牧2番街「岸商事」取締役副社長

 関内地区:河津さん(社団法人 経営開発情報機構 理事長で関内再生PJや、産学 官交流サロンなどを開催している)

 新聞社:神奈川新聞論説委員の加藤隆さん

その後、1時間ほど会場との意見交換があり、多くの質問やご意見をいただきました。
これらについても、おいおい報告していきます。

 今回はとくに本牧地区からの参加が多く、ぜひ本牧にLRTを実現させてほしいという声が会場からもたくさんあがりました。フォーラムは、以前開催したときよりも参加の人数は少ないのですが、だんだん地元で活躍されている方が会に関わるようになり、当会の活動が着実にすすんできている手ごたえを感じました。

 その後の交流会では,フォーラムに出向いてもらおうと考えないで、どんどん出かけていかなくてはだめだ、というご意見もいただきました。横浜にLRTを走らせる会は本牧にだけLRTを走らせたいと考えているわけでなく、地元で動きがあるところ、要望があるところにお手伝いしていくのが役割だと考えています。

 もちろん、横浜全体の交通を考えていく必要がありますが、LRTのような地域交通の場合、地元の合意が重要です。今のところ、本牧地域の方々が、一番熱心に活動をしています。横浜で実現できるかどうかは、地元の方々の熱意にかかっています。
 
 フォーラムの最後に宇都宮市の報告がありました。宇都宮市は、導入したい市長と導入したくない知事との争いで、LRTの実現が危ぶまれていました。しかし、先日の知事選挙にLRT導入を推進していた宇都宮市長が市長を辞任して立候補、そして反対だった知事を破って当選し、同時に誕生した宇都宮新市長もLRT導入に賛成なことから、導入に向け、一機に機運が高まりました。

 12月16日にLRTの新組織である「雷都(ライト)レール栃木・LRT]が発足し、祝賀会には新知事・新市長ともにかけつけたそうです。

 海外での話しより、日本での話しをしてほしいとよく言われます。これからは、まもなく実現する富山港線ライトレールや宇都宮を実例として話ができるかもしれません。「物の始め」を自負する横浜ですから、路面電車復活第1号となりたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年12月15日 (水)

中田市長が議会で横浜カーフリーデーを評価

FI787427_0E
12月14日は横浜市議会の本会議がありました。その中で、中田市長が議員からの環境に関する質問へ「横浜市は市民とともにカーフリーデーに取り組みました」と言ったそうです。
 12月18日のフォーラムで、都市プランナーの望月真一氏の「ヨーロッパ最新事情」の報告があります。望月さんはここ数年、毎年9月22日をフランスで過ごし、各都市のカーフリデーの様子を調査しています。カーフリーデーの実施により、都市交通政策が充実している都市が増えていることで、大変高く評価をしています。望月さんは今年EUより、カーフリーデー日本担当コーディネーターに任命され、横浜カーフリーデーの記者発表や報告会にも参加してくれています。
 
 横浜の姉妹都市のリヨンも数年前からカーフリーデーに参加しています。今年リヨンに行った望月さんからは、「姉妹都市の横浜もカーフリーデーに初参加した」と評判だったよ、との報告を受けていました。リヨンでその話を聞いた中田市長は、改めてカーフリーデーへの評価を高めてくれていたのでしょうか。
 
 先日の横浜まちづくり倶楽部の交流会のとき、都市経営局の職員に「どうして都市経営局は、カーフリーデーに協力をしてくれなかったのですか?」と質問しました。そうしたら、「都市経営局は予算をもっているところではないから。他で予算を出してもらったのだからいいでしょう」と言われ、唖然としました。横浜カーフリーデーは、市民・企業・団体からの寄附や協賛金で行なったもので、横浜市からは1銭も出してもらっていません。交通局が、無料でポスター掲示をしてくれましたが、ポスターに交通局の宣伝をいれること、ポスターそのものが公共交通アピールにつながることから許可がおりました。ポスターの作成費もすべて自前で、交通局からお金の支援はまったくありませんでした。
 
 松本市・名古屋市と並んで日本で初めてカーフリーデーにサポーター都市として認定されましたが、行政が全面的に協力している2つの都市とはちがい、横浜の場合は市民が行なったものです。もちろん、交通局や環境保全局の協力なしには実現できないものでしたが、他の都市の担当者は行政職員であるのに対し、横浜の担当者は私です。
 横浜にLRTを走らせることの提案も、まったく横浜市の負担を必要としないといっているわけではありませんが、市民もお金を出す形で実現をめざしています。岡山では低床の車両「MOMO」を導入するとき市民も500万円ほど出していると聞いています。富山高岡の万葉線にも市民が出資をしています。
 
 市民との協働は、横浜市の方針に沿った市民団体と連携をすることではなく、市民のやりたいことに横浜市が協力することから始まります。何も協力はお金を出すことばかりではありません。
 
 カーフリーデーは、単にクルマを否定したり、1日だけクルマ利用をやめることではありません。都市交通政策改善のための社会実験という位置づけです。カーフリーデーとLRT導入はまったく無関係ではなく、LRTで都市再生を訴えている望月さんがカーフリーデーを推進している理由があるのです。
 
 12月18日のフォーラムでは、カーフリーデーとLRTでの都市再生の関係についても
話をきけるはずです。どうか、皆さんでおいで下さい。

※写真は、横浜カーフリーデー2004の本部前。この横断幕も帆布を買ってきて、実行委員の手作り。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年12月11日 (土)

横浜市市民活動共同オフィス

 FI773166_0E

 横浜市市民活動共同オフィス報告書編集会議

 多くの人は、あったことも知らない横浜市市民活動共同オフィス。横浜にLRTを走らせる会にとっては初めての事務所であり、活動を広げるための原点になった。

 横浜市市民活動共同オフィスは、旧富士銀行の暫定利用として始められたモデル事業だ。市民との協働をうたった中田市長が、歴史的建造物を3年間の暫定とはいえ、市民団体の共同オフィスとして開放したことは、横浜の政治やまちづくりを大きく転換させるものとして、市民活動に関わる市民の間では記憶されている。

 横浜にLRTを走らせる会は、昨年8月2日に準備会として発足したが、その直後に共同オフィス2期目の入居団体の追加募集があり応募した。プレゼンの結果は最低ではあったが、審査に通り入居することができた。共同オフィスの入居は1年という限定つきた。1年でNPOが自立できるはずもないが、反面多くのNPOが共同オフィスでつながることができるきっかけともなった。

 本来3年間の共同オフィスであったが、横浜市が旧富士銀行の本格利用として芸大を誘致したことから、2年で閉鎖されることになった。共同オフィスは市民と行政の協働の実験・検証の場と位置づけられていたので、閉鎖にあたり、検証したものを報告書として残す作業が行われている。

 私たちの共同オフィスの特徴は、

1.歴史的建造物の中にあったこと、

2.途中からホールが開設されたこと 

3.管理運営を同じくNPOが行った

 2期目の途中から、ホールをバンカート1929という市民団体が管理運営することが始まった。このホールは、映画の撮影などにもたくさん使われているが、バンカートがここを夜はバーとしたことで、市民団体が集える場所となった。イベント会場としても使え、交流会場としても機能したことで、一気に入居団体が連携できる場となった。

 報告書作成の編集会議でも、横浜市の協働のあり方についてたくさん批判も出ていたが、それでも共同オフィスの存在で横浜市の中で協働が進んだことは間違いない。まだまだ課題はあるけれど、何千万もの税金を投入してつくられた共同オフィスに入居できた団体として、今後横浜市の中でさらに協働がすすみ、市民が新しい公共をつくっていくために、しっかり共同オフィスでの2年間を検証していきたい。

 横浜にLRTを走らせる会の新しい事務所は、共同オフィス1期目の入居団体である「都市防災研究会」と、1期2期続けて入居した「ウエストハウス」といっしょに借りている。横浜の中で、かつては「蛸壺」的だった市民活動団体が、少しずつつながってきている。

 同じような活動をしている団体ではなく、まったく異なった内容の団体がコラボレーションを始めている。共同オフィスが3年続いていたら、もっともっとおもしろいことが始まったと2年での閉鎖はとても残念で、芸大という東京ブランドを呼ぶことに走ってしまった横浜市の姿勢には、疑問を感じてはいる。が、それにも増して、歴史的建造物の中に、オフィスとホールを開設し、市民団体に開放してくれたことには本当に感謝したい。

 ホールは12月末までまだ開放されている。夜の11時までバーとして利用することができるので、まだ行ったことのない人はぜひ訪れてほしい。「笑の大学」「赤い月」など多くの映画の撮影もここで行われた。来年4月からは北野武が教授として教鞭を振るう場となるが、気楽に訪問できるのは今月だけだ。

 共同オフィスの検証の場でもある、報告書編集会義は議事録も公開されている。横浜市のすばらしい「協働の基本指針」を生むきっかけとなった共同オフィスで、一体何があってどんな成果が生まれ、課題があったのか、報告書はできたあともホームページで公開する予定だそうだ。その節は、ぜひ見てほしい。写真は、私たちの愛した共同オフィス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年12月 8日 (水)

1本レールのタイヤトラム

 FI766349_0E
 トランスロールは、タイヤで走行するため厳密には、トロリーバスの分野に入るかもしれません。1本のレールでしっかりガイドされているのた、レールを外れないという意味では路面電車に近いものがあります。路面電車と比べるとレールを1本しか敷設しないため建設コストが抑えられます。写真は、パンタグラフを下ろし架線のないところを走行しるところです。トランスロールは通常はパンタグラフを上げて、架線のあるところも走行しますが、10Kmくらいは蓄電した電気で走行可能です。タイヤトラムともいわれていて、フランスではこれもLRTに分類されています。他のLRTと同じように、低床でクルマ椅子でもベビーカーでも楽に乗降できます。

  
 同じ1本レールに「TVR」と呼ばれるものがあり、フランスのナンシーやカーンで走行しています。私が訪れたときには、ナンシーのTVRが開業まもなくの事故で、走行中止になっていて、試運転しているところを見ました。同じ1本レールでも「TVR」は、途中坂では、レールから外れて、運転手のハンドル操作で動く、よりトロリーバスに近いものとなっています。もともとナンシーではトロリーバスの路線が発達していたのでそれを活かす形でTVRが導入されました。

  
 トロリーバスと路面電車の大きな違いは、架線が1本か2本かというところです。TVRはトロリーバスなので、架線は2本ありますが、トランスロールは上からの電気を下のレールに流しているので、路面電車と同じ1本の架線で住んでいます。おまけにトランスロールは架線レスでも走行可能なので、架線の鬱陶しさはありません。TVRは分岐点の架線は4本になるので、かなりじゃまな感じをもちました。

 試験走行だったせいか、タイヤトラムのほうが車輪のトラムよりも少し揺れが大きかったような気がしました。
 
 まだ、実営業路線はありませんが、タイヤメーカーのミシュランの企業城下町「クレルモン・フェラン」や、パドバ(イタリア)、ラクイア(イタリア)が建設を予定しているそうです。
クレルモン・フェランではもちろん、ミシュランのタイヤを使用するそうです。

担当者の方のお話だと日本にも実験線をつるる予定だとか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年11月 | トップページ | 2005年6月 »